長良川の戦いとは?斎藤道三・義龍親子最大の戦い明智光秀はどちらについた?

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2020年の大河ドラマ「麒麟がくる」でも見どころの一つとなった長良川の戦いは、

斎藤義龍(伊藤英明)が父・斎藤道三(本木雅弘)を討ち取った戦いです。

↑ 麒麟がくる斎藤道三・本木雅弘

麒麟がくるでは、第17話で長良川の戦いが描かれます。

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今回は、親子が戦うことになった長良川の戦いについてご紹介します。

歴史に興味を持ったり、大河ドラマを楽しむ参考にしてください。

麒麟がくるが読めばすぐわかる記事については、こちらです。↓

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くまのこ
くまのこ

最初は、知っている方も知らない方も斎藤家をおさらいしてみましょ~。

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斎藤家おさらい

斎藤道三(本木雅弘)は、もともと名前は長井新九郎規秀と名乗っていましたが・・・・

守護代の斎藤家を名乗り乗っ取りました。

そのご、道三は土岐家を倒すため織田軍と手を結びます。

土岐家当主・頼芸(尾美としのり)は、織田軍と手を結んでいましたが道三が結んだので近江

の六角氏に逃げます。

道三は、しばらくして家督を義龍(伊藤英明)に譲りました。

孫四郎(長谷川純)と喜平次(犬飼直樹)をおびき出し倒すと、両社は、戦いに向けて準備

を始めます。

道三が、長良川の戦いで討ち死にすると義龍は范可と名乗ります。

范可は、中国で父親をやむを得なく殺したという意味です。

しかし、義龍は病気で亡くなります。

家督は、息子の龍興(たつおき)が付きましたが、すぐに大名として無くなってしまいます。

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長良川の戦いとは

長良川の戦いは1556年に斎藤道三(本木雅弘)と斎藤義龍(伊藤英明)が

争った戦いです。 

↑ 麒麟がくる大河ドラマ斎藤道三

↑ 麒麟がくる大河ドラマ斎藤義龍

 

長良川の戦いが起こった原因

義龍は深芳野(南果歩)と道三の子として生まれますが戦いのたびに義龍を毎回

伊勢(現在の三重県伊勢市)におくっていました。

 

道三が伊勢へ送っていたのは、義龍を守るため。義龍に怪我をさせたくなかったのです。

悪気はなかったのです。

 

しかし義龍は、それを父は自分を遠ざけようとしていると感じます。

義龍が成長し、道三は家督を譲りましたが、引退しませんでした。

道三は、孫四郎(長谷川純)に名門家・一色家の家督を継がせました。

また、美濃の国を支配したり、守護代についたりしていました。

 

土岐頼芸(尾美としのり)を追放して、尾張の国の大名・織田信秀(高橋克典

・織田信長(染谷将太)と同盟を組んでいました。

 

さらに、嫡男・義龍に家督を譲ったもののまた孫四郎や喜平次(犬飼直樹)を跡継ぎに

押そうとしました。

 

そのことを知り義龍は、孫四郎や喜平次病気とうそをつきおびき出して殺してしまいます。

これらが原因で義龍と道三は戦うことになりました。

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↑ 稲葉山城

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長良川の戦いが起こる前の道三と義龍の状況

斎藤道三の状況

道三は、義龍に家督を譲りますが息子の喜平次と孫四郎を殺され稲葉山城から大桑城

に向かいました。

さらに、明智の者や国衆・道三の近習を集めて鶴山に向かうと報告しました。

鶴山に向かい到着すると、軍を長良川の手前に出したといわれています。

そして、同盟者である尾張の国の当主・織田信長や帰蝶に援軍要請を送ったと最近の研究でわかって

来ています。

斎藤義龍の状況

義龍は、道三が稲葉山城から大桑城に移ったと聞き兵を集める準備を稲葉山城で行います。

また、味方を増やすため明智荘に味方に付くことを言いますが断られていました。

しかし、集まった軍は25000軍と言われています。

義龍は、国衆の大半を味方につけたのです。

道三と同じように義龍も、長良川に向かいました。

両者はこれから激突していくのです。

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長良川の戦いの勝敗は?道三がなくなってからの斎藤家

 

25000の大軍の義龍と、2000弱の道三が激突したのは、長良川です。

↑ 麒麟がくる大河ドラマ第17話長良川の戦い次回予告

勝敗は、義龍が勝ち、道三は討ち死にしました。

明智光秀(長谷川博己)は、斎藤義龍と戦うため道三の軍に加勢していました。

この時、光秀は必死に戦っていましたが道三が討ち死にしたことを知り、

明智城に撤退していました。

↑ 可愛い長良川の戦い図

 

 

道三軍と義龍軍の主な軍など

斎藤道三の家臣は、明智一族と竹中半兵衛の父だけが道三側につきました。

↑ 竹中半兵衛の肖像画

 

対する義龍は、西美濃三人衆(稲葉一鉄(村田雄浩)・氏家直元・安藤政信)土岐家旧臣

がつきます。

また、道三軍には信長の援軍が到着しようと尾張と美濃の境目まで来ていました。

道三軍は長良川の手前に出ますが、義龍の大軍を見て撤退します。

途中で織田信長(染谷将太)が援軍に駆けつけますが、道三が義龍軍に敗れたことを知り、

信長は撤退しました。

 

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↑ 稲葉山城金華山

 

道三が亡くなってからの斎藤家は?

道三が長良川の戦いで、討ち死にすると織田信長が次に美濃の国を治めるために

何回も攻めてきます。

 

ですが、義龍はこれを撃破。

義龍は、道三軍についた明智光秀や叔父の光安(西村まさ彦)、

さらに明智秀満(左馬之助・間宮祥太朗)などを攻めていました。(明智城の戦い)

明智城の戦いについては、こちら↓

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明智光秀・秀満と熙子(木村文乃)は、美濃の国を出て越前の大名・朝倉義景

ユースケ・サンタマリア)のもとに逃げたと言われています。

 

歴史では光秀が、越前に逃れると初めて鉄砲を握ったといわれています。

鉄砲について詳しく知りたい方は、こちら↓

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美濃では道三の亡くなったわずか5年後、義龍は病気により亡くなりました。

亡くなると子の龍興(たつおき)が家督をつぎますが、龍興に不満を持つものが増え、

これを好機に思い、信長が西美濃三人衆を寝返りさせます。

そして龍興は、逃亡します。

 

この信長との戦いに龍興が負けてしまったので、

大名の斎藤家は滅亡しました。

しかし、龍興はあきらめないで将軍・足利義昭(滝藤賢一)を三好長慶・三好三人衆とともに

攻めていました。(本圀寺の変)

本圀寺の変については、こちらで詳しく書いています。↓

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斎藤龍興は、その後も織田信長や大名に敵対して三好長慶と三好三人衆三好康長、安宅信康、

十河存保や石山本願寺法主・顕如らについて野田城・福島城の戦いを起こします。

 

さらに、1573年8月に龍興は朝倉義景が織田信長軍を攻めると聞き加勢して攻めました。

しかし、龍興は織田軍に討ちとられてしまいます。

↑ 本圀寺の変斎藤龍興

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今回のまとめ

長良川の戦いが起こったのは弟だけをかわいがったり、名門家に跡を継がせたから。

道三軍は義龍軍に負けてしまったが明智光秀を逃した。

道三がいなくなった斎藤家は、孫の龍興の代に滅亡した。

 

麒麟がくるのドラマで描かれた長良川の戦いの様子はこちらから。

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麒麟がくるを見る参考になったらいいです。

来週の麒麟がくるも楽しみですね。

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