本能寺の変で見つからなかった信長の首。実は静岡県にある?!

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本能寺は1415年に建てられた寺です。

現在では、京都府京都市中京区下に本能寺跡として残されています。

1582年、明智光秀織田信長に謀反を起こしたことで有名なお寺です。

光秀がなぜ信長を討とうとしたのか、決定的な理由がわからず、日本史上最大の謎

とされています。

また、本能寺は焼失してしまい、信長の遺体は見つかっていません。

そのため、信長は生き延びたという説もあるほどです。

今回は本能寺の変のことを探りながら、

信長の首はどこにあったのかを説明しようと思います。

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戦国時代の本能寺

本能寺は戦国時代に入ると将軍・足利義輝の土地になります。

将軍・足利義輝が永禄の変で三好三人衆(三好長慶の家臣)に暗殺されると、

弟の足利義昭が義輝の後を継ぎます。

しかし、織田信長と対立するようになった足利義昭は、本圀寺の変で追放されてしまいます。

本圀寺の変とは?織田信長が自ら戦い守ろうとしたのは誰?
今回は足利義昭・織田信長と三好三人衆の戦いを解説します。 足利義昭は室町幕府最後の将軍と言われ、信長に助けてもらったにも足利家は滅ばされしまいます。 三好三人衆も義明のように信長に負け岩成友通が討ち死にして、他の武将たちは信長から逃げようとするも病没しています。

 

そして本能寺は織田信長の領地になり、信長は京にくる際に

度々本能寺に留まっていました。

1582年5月17日、明智光秀は中国を攻めていた羽柴秀吉(豊臣秀吉)から

援軍要請が来たので、出兵するよう信長にいわれて坂本城に入ります。

 

 

5月21日には織田信長の嫡男・織田信忠に使者を送り、織田信忠は

居城岐阜城(稲葉山城)を出発、本能寺の近く妙覚寺に入ります。

 

5月26日に光秀は中国地方にいる羽柴秀吉と合流するために、

居城・坂本城を出発し、丹波・亀山城に入りました。

 

5月28日に光秀は和歌を開き、この時に愛宕山徳院で

「土岐は今、雨が下知る五月かな」

 

という詩を読みます。

この句は、「土岐」は光秀の出自である土岐氏のことで、

「雨が下」は、天下をさします。

この句は「土岐氏が天下を治める時が来た」

として、信長を討つという意思を表した句だとも言われています。

 

しかし、極秘で進めていたことを連歌会で発表することはないので、

ただ季節の歌を詠んだとも考えられています。

 

5月29日、安土城を出発した信長が、本能寺に入ります。

6月1日深夜、光秀が信長を討つことを最後に決意し、本能寺に向かいます。

早朝、信長が寝ているところを光秀の軍が本能寺を取り囲みます。

信長は自ら槍や弓を持って必死に戦いますが、大軍を相手に降伏。

信長は自害しました。

 

信長が自刃したことを知った長男・織田信忠は応戦しますが、二条御所にて自刃しました。

 

焼かれてしまった本能寺はその後、秀吉の手によって別の場所に移されました。

現在は、本能寺跡という石碑が建てられています。

本能寺が焼失してしまい、信長の遺体はみつかりませんでした。

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見つからなかった信長の首は静岡県にある!?

通説では信長の遺体はみつからず、謎も多くある本能寺の変ですが、

信長公の首があると言われている寺が、静岡県の西山本門寺にあります。

 

首を持っていたのは原志摩守宗安(はらしまのかみむねやす)といわれています。

最近の研究によると、原志摩守宗安は千葉市の一族で、

隠れながら信長公の首を持っていくことを、囲碁の達人として知られる

本因坊日海(ほんこうぼうにっかい)に指示します。

 

原志摩守宗安は本門寺に、柊を植えて首塚に葬ったといわれています。

そして、その信長の首を近衛前久が守っていたといわれています。

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まとめ

6月2日の夜明け前、信長が宿泊していた本能寺を襲撃します。

信長は自ら応戦しますが、1万を超える軍にかなわないと決めると

火を放ち自害します。

そして、原志摩守宗安が信長の首を静岡の西山本門寺に持っていきました。

近衛前久は、信長の首を守ったといわれています。

今回の記事は、どうだったでしょうか?

麒麟がくるを見る参考になるといいです。

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