麒麟がくる20話「家康への文」の放送がありましたね。
いよいよ尾張と駿河の国の緊張感が高まってきて、
桶狭間での対決の直前でした。
駿河の国にいる駒ちゃんが、戦場に行く元康(徳川家康)のために
渡した万能薬を作った人は誰だか気になります!
作った人は誰で、一体何のために??
色々調べてみました!
![くまのこ](https://historywithkids.com/wp-content/uploads/2019/10/animal_kuma.png)
麒麟がくるを楽しみましょう~。
麒麟がくる20話で駒のお灸の患者の丸薬を作る老人は誰?
駒はなぜ、家康に丸薬を渡したのか?
麒麟がくる20話では、駿河と尾張の国が一触即発の状況です。
松平元康、後の徳川家康(風間俊介)は、今川軍の先陣隊として尾張の国へ
戦に出かけることになっていました。
三河を取り返すためにはこの戦いに行かなくてはいけないと考えていると
言いますが、時々すべてを投げたしてしまいたくなる、と。
駒ちゃんにだけは胸の内を明かすのです。
そんな複雑な心境を察して、駒ちゃんは元康に、
戦から必ず生きて帰ってこれるというお守り代わりの丸薬を渡します。
![くまぞう](https://historywithkids.com/wp-content/uploads/2019/10/baseball_animal_kuma.png)
この薬は、なんにでも効く万能薬なんだって!
![](https://historywithkids.com/wp-content/uploads/2020/05/CIMG5314-160x90.jpg)
駒ちゃんはこの丸薬を、自分のお灸の患者が作っていると言います。
明智光安は生きていた?駿河に逃げ延びて万能薬を作る老人に?
家康に丸薬を渡すと、駒ちゃんは、お灸の患者の元へ行きました。
かなり貧相な人々が住む通りを抜けた奥にこの患者の家はありました。
中では、お鍋でぐつぐつと何かを煮込んでいるようです。
そして、それを作っているのは、どこか不思議な感じのする老人。
どこかで見た人に似てません?
![くまのこ](https://historywithkids.com/wp-content/uploads/2019/10/animal_kuma.png)
もしかして、明智光安に似てません?
もしかして、明智光安は明智城の戦い後に生き延びて、駿河まで逃げて
きたのではないでしょうか?
![くまぞう](https://historywithkids.com/wp-content/uploads/2019/10/baseball_animal_kuma.png)
光安おじさんは逃げて逃げて生き延びて!って言ってたしね!
もしかしたら、光安が生きていて、この丸薬を作った老人になっていた?
と思われましたが、実はこの丸薬を作る老人は芳仁という人で
ベンガルさんが演じています。
![くまぞう](https://historywithkids.com/wp-content/uploads/2019/10/baseball_animal_kuma.png)
明智光安は西村まさ彦さんだったね。
家康はなぜ、駒ちゃんの持っていた万能薬に興味をもったの?
この丸薬を買った人は、戦から生きて帰ってくる人ばかりなので、
戦の前になると、飛ぶように売れるという評判なのだというのです。
この話を聞いた家康は、興味をもち、駒ちゃんから薬を受け取ります。
徳川家康と言えば、後に江戸幕府を開き、日本に長い間争いのない世を
もたらした人。
また、戦国の世において、長生きをしたことでも知られています。
若き家康は、三河の国のためには、戦乱の世をまずは生き延びることを
考えたのかもしれません。
家康が平和な世をもたらすことができたのは、
この丸薬のおかげもあったのでしょうか。
麒麟がくる22話~では、この丸薬のせいで新たな展開?!
22話「京よりの使者」では、この丸薬を作れるようになった駒ちゃんが万能薬として
人々に渡すことで、東庵先生と喧嘩になってしまいます。
このことで、物語は新たな出会いと展開に発展していきます。
![](https://historywithkids.com/wp-content/uploads/2020/05/bushi_yoroikabuto-1-160x90.png)
23話では、伊呂波太夫の口利きで、丸薬の注文が殺到します。
このことで泥棒に襲われ、無一文になった東庵先生を救うことに。
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![くまのこ](https://historywithkids.com/wp-content/uploads/2019/10/animal_kuma.png)
駒ちゃん、丸薬でビジネスマンになれそう!
徳川家康の薬にまつわるエピソード
実際に徳川家康は、自ら薬を調合し、家臣にも分け与えていたそうです。
今も残る、八味地黄丸(はちみじおうがん)は、
徳川家康の常備薬だったそうです。
また、家康はワサビの魅力を取りつかれ、ワサビを塗った布を患部にあてて
湿布薬として使っていたそうです。
家康をまつる静岡県の久能山東照宮には、
家康が使った薬箱や、調合に使ったやげんが残されています。
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とても薬に興味をもってた健康オタクだったんだって!
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